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東京地方裁判所八王子支部 平成10年(ワ)1417号 判決 2000年6月21日

原告

澤口秋男

被告

藤田晴美

主文

一  被告は、原告に対し、金一四九万五六三六円及びこれに対する平成一〇年六月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その一を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。

四  この判決は、第一及び第三項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告に対し、金五五〇万円及びこれに対する平成一〇年六月一七日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  仮執行宣言

第二事案の概要

一  前提事実(括弧内に証拠が掲記されていない事実は当事者間に争いがない事実である)

1  被告は、平成七年九月二二日午前八時三〇分頃、東京都町田市図師町六一五番地路上において、対面する交差点の信号の表示が赤色であったのであるから、先行車両と相当な車間距離をとって被告運転の普通乗用車を停車させなければならない注意義務があるにもかかわらず、漫然と右被告車両を進行させて、右交差点で停止していた原告運転の貨物自動車に被告車両を追突させた(以下、「本件事故」という。)。

2  原告は、平成七年九月二二日、くわな整形外科で頸部捻挫と診断され、同日から平成八年七月三日までの間、右整形外科に二〇二日間通院して治療を受けた(甲二、三、乙三、原告本人)。

くわな整形外科の治療費は、八五万〇七九〇円である。

3  原告は、背中等の痛みを訴え、平成八年七月五日から平成九年二月二〇日までの間、竹山医院に七七日間通院して治療を受けた(甲四、五、八、乙二、竹山証人、原告本人)。竹山医院の竹山医師は、原告の症状を変形性脊椎症、腰部及び背部打撲後遺症と診断している(甲五、八、乙二、竹山証人)。また、原告は、竹山医師の勧めで、平成八年七月一五日から平成八年一〇月二一日までの間、イナガキ接骨院に六七日間通院して整体治療を受けた(甲六、七、九、原告本人)。

竹山医院の治療費は、東京土建組合国保を利用したことにより原告本人の負担はなかった(弁論の全趣旨)。イナガキ接骨院の治療費は、五一万四九七六円である(甲六、七)。

4  原告は、被告から、くわな整形外科の治療費として八五万〇七九〇円及び損害賠償金の内払金として二四六万円の合計三三一万〇七九〇円を受領した。

二  争点

被告が原告に対して賠償すべき損害及びその額

(原告の主張)

被告が原告に対して賠償すべき損害額は、以下のとおり、六八六万〇二八一円(少なくとも五八九万二六二六円)であるが、本訴訟では、右内金として五五〇万円の支払いを求める。

1 治療費一三六万五七六六円(くわな整形外科の治療費は支払済み)

くわな整形外科 八五万〇七九〇円

イナガキ接骨院 五一万四九七六円

原告は、本件事故により、頸椎捻挫、腰部及び背部の傷害を負い、また、変形性脊椎症を発症したものである。したがって、くわな整形外科の治療費だけでなく、イナガキ接骨院の治療費も本件交通事故と相当因果関係の認められる損害である。

2 通院費用 一二万七一七〇円

くわな整形外科へのバス代相当分 六万八六八〇円

竹山医院へのバス代相当分 五万八五二〇円

3 休業損害 六一七万八一〇五円

(少なくとも五二一万〇四〇五円)

本件事故による原告の休業期間は、事故日から平成八年九月三〇日までの三七五日間及び同年一〇月一日以降の実治療日数四〇日を加算した合計四一五日である。また、竹山医院のカルテ(乙二)の記載によれば、原告が、事故日から平成八年九月五日までの三五〇日間休業していたことは明かであるから、本件事故による原告の休業期間は、少なくとも三五〇日とすべきである。

本件事故前年の原告の所得は、所得税の確定申告によれば、一年で五四三万四〇〇〇円であり、これを三六五日で除した一万四八八七円を休業損害の日額とすべきである。

よって、本件事故による原告の休業損害は、休業期間を四一五日とすると六一七万八一〇五円であり、休業期間を三五〇日とすると五二一万〇四五〇円となる。

4 慰謝料 二〇〇万円

5 弁護士費用 五〇万円

(被告の主張)

1 原告が、本件事故によって、腰部及び背部打撲の傷害を負ったとは考えられない。また、原告の背部痛は変形性脊椎症によるものと考えられるが、変形性脊椎症は本件事故によって発症したものと認めることはできない。よって、イナガキ接骨院の治療費及び竹山医院への通院費は、被告が原告に対して賠償すべき損害ではない。

2 原告の頸部捻挫は、平成八年七月三日には症状固定になっているものと認められる。よって、休業損害及び慰謝料の賠償対象期間は本件事故から症状固定までの約一〇ヶ月間である。

また、原告は、休業損害は、事故前年の平成六年の経費控除前の営業所得五四三万四〇〇〇円を基礎として算定すべきであると主張するが、経費を引かない粗収入を休業損害算定の基礎とすべきではないので、原告の右主張は認められない。

第三争点に対する判断

一  本件事故によって原告が腰部及び背部の打撲を負ったかについて

1  原告は、本件事故直後から、頭部だけでなく背部にも痛みがあった旨主張し、乙一(くわな整形外科のカルテ)によると、原告は、桑名整形外科で、事故一週間後の平成七年九月二九日に背部の痛みを訴えており、その後もたびたび背中の痛みを訴えていることが認められる。しかし、甲二、三、乙一によると、くわな整形外科の桑名医師は、原告が、前記のとおり、背中の痛みを訴えているにもかかわらず、平成九年一月二四日、原告を頸部捻挫とだけ診断し、腰部及び背部打撲との診断はしていないことが認められる。

以上の事実によれば、桑名医師は、原告が訴えている背中の痛みも頸部捻挫の症状であると判断して、背部及び腰部打撲症を認めなかったものと考えられる。桑名医師の右診断は、同医師が本件事故直後から約一〇か月の間原告の治療に当たってきたことに照らし、その信用性は高いと評価できる。

2  ところで、竹山医師は、前記前提事実のとおり、原告を変形性脊椎症、腰部及び背部打撲後遺症と診断しているが、右診断をした理由について、同医師は、次のとおり証言している。すなわち、竹山医師は、<1>原告は、初診時に、背中を中心として首の後ろである項部から腰部の痛みを訴えたので、触診をしたところ、項部の左右、背部の左右、腰部の左右に圧痛が認められことから、脊椎に中年以降に生じる疾病で、背骨が変形してその左右へ伸びる筋肉、筋膜に痛みを生じる変形性脊椎症と診断した、<2>初診時においては、原告が交通事故を受けたと主張する時期から一〇ヶ月くらい経っているので、交通事故の観点は薄いと考えて、変形性脊椎症と診断したが、後日、原告から後遺症の診断書を書いて欲しいと頼まれたので、根拠は薄弱かもしれないが、症状があるので交通事故の影響を完全に否定することはできないと考えて、腰部及び背部後遺症を認める診断書を作成した旨証言している。

そうすると、竹山医師が原告を腰部及び背部打撲傷と診断していることから、原告が本件事故によって腰部及び背部打撲傷を負ったと認めることはできないと言うべきである。

3  以上のとおりであるから、原告が、本件事故によって、腰部及び背部打撲傷を負ったと認めることはできない。

二  変形性脊椎症による背中の痛みと本件事故との因果関係の有無について

1  竹山医師は、<1>原告が訴えている背中の痛みは、変形性脊椎症という疾病によるものである、<2>変形性脊椎症の原因としては、年齢、仕事、肥満などの本人の素質が挙げられる、<3>変形性脊椎症による痛みは原因があってもきっかけがなければ発生しないこともある、<4>原告の場合、本件事故がきっかけとなって変形性脊椎症による痛みが発生したと思う、<5>したがって、本件事故がなければ、原告に変形性脊椎症による痛みが発生しないこともあり得るので、その意味では、原告の変形性脊椎症による痛みの発生についての本件事故の寄与度は一〇〇パーセントとも言えるなどと証言しており、原告は、竹山医師の右証言から、本件事故と原告の変形性脊椎症による痛みとの間に相当因果関係が認められるのは明らかであると主張している。

2  そこで、竹山医師の右証言内容について検討するに、右<4>の証言は、竹山医師自身が、前記一の2記載のとおり、原告の背中の痛みについては事故の影響も完全には否定できない旨証言して、原告の背中の痛みと事故との関係は薄いとの認識を示していること、そもそも竹山医師のいうきっかけとはどのようなものを指すのか曖昧である上、竹山医師の右<3>の証言によると、竹山医師のいうきっかけがなくても変形性脊椎症による痛みが発生することもあると考えられること及び竹山医師が本件事故をきっかけとして原告に変形性脊椎症による痛みが発生したと判断した理由が必ずしも明らかではなく、他のことがきっかけになって原告に変形性脊椎症による痛みが発生した可能性も否定できないことに照らし、たやすく信用することができない。

3  そうすると、竹山医師の右証言から、本件事故と原告の変形性脊椎症による痛みとの間に相当因果関係を認めることはできないというべきであり、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。よって、本件事故と原告の変形性脊椎症による痛みとの間に相当因果関係があるとの原告の主張は採用できない。

三  被告が原告に賠償すべき損害額

1  治療費について

前記一及び二でした判断を前提にすると、イナガキ接骨院の治療費五一万四九七六円は、本件事故と相当因果関係のある損害とは認められない。よって、本件事故と相当因果関係のある損害は、すでに原告に対して支払済みである、くわな整形外科の治療費八五万〇七九〇円だけであると認められる。

2  通院費用について

前記一及び二でした判断を前提にすると、竹山医院への通院費用は、本件事故と相当因果関係のある損害とは認められない。よって、本件事故と相当因果関係のある損害は、くわな整形外科への通院費用としてのバス代相当分六万八六八〇円だけであると認められる。

3  休業損害

前記一及び二でした判断を前提にすると、本件事故と相当因果関係の認められる休業損害は、本件事故日から原告の頸椎捻挫が症状固定となった日までを休業期間として算定される金額に限定されるものと解される。そこで、原告の頸椎捻挫が症状固定となった時期について検討するに、乙一によれば、原告は、平成七年一二月一九日以降、くわな整形外科での診療において、主として背部の痛みを訴えており、項部の痛みはほとんど訴えていないこと及び桑名医師が平成八年七月三日、症状固定というものかと原告に説明していることが認められる。以上の事実に、竹山医師が、平成八年七月五日の初診時に原告に対し、頸椎捻挫との診断をしていないことも併せ考えると、原告の頸椎捻挫は、遅くとも平成八年七月三日には症状固定となっていたものと認めるのが相当である。よって、被告が、賠償すべき原告の休業期間は、本件事故日である平成七年九月二二日から平成八年七月三日までの二八六日間となる。

そして、乙七によると、本件事故の前年度である平成六年度の原告の経費控除後の所得は二〇七万六四五二円であり、妻うめ子の専従者控除分は九七万円であることが認められる。したがって、右の合計額である三〇四万六四五二円を三六五日で除した八三四六円を休業損害の日額とするのが相当である。

以上によると、本件事故と相当因果関係の認められる原告の休業損害は、二三八万六九五六円となる。

4  慰謝料

慰謝料は、原告がくわな整形外科に通院した期間を基準にその他の事情をも考慮すると、一三〇万円とするのが相当である。

5  弁護士費用

弁護士費用は、本訴請求の認容額などに照らし、二〇万円を認めるのが相当である。

6  結論

被告が原告に対して賠償すべき損害額は、以上の1ないし5の合計額四八〇万六四二六円から既払分である三三一万〇七九〇円を控除した一四九万五六三六円である。

第四結論

以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、一四九万五六三六円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成一〇年六月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、右の限度で認容し、その余の請求は棄却することとする。

(裁判官 飯淵健司)

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